新三部作時代におけるフォースとミディ=クロリアンに関する私的論考

このコラムはルーク・スカイランナー氏による投稿作品です。

はじめに

旧3部作の時代は、フォースはジェダイだけしか使えない魔法のような、超能力のような、精神エネルギーのようなものだろうと漠然と思っていればよかった。未来のヴィジョンも、離れた物体を思念だけで動かすことも、死後に肉体が消失することも、不可思議な現象ではあるが、それなりに多くの人を納得させていたと思われる。しかしエピソード I でミディ=クロリアンという概念がフォースの説明に導入されてしまった。このため戸惑いや混乱、各種の疑問があらたに生じているようだ。

しかし《ミディ=クロリアンは生物である》、という手がかりは与えられたわけである。言い換えるとエピソード I 、 II が発表された現代は、この手がかりを基にフォースを考えていく時代であるといえる。そこでミディ=クロリアン微小生物説から、できるだけ合理的な推理を積み重ねることにより、フォースの謎にアプローチしていきたいと思う。

なおはじめに、映画の中でのできごとは事実として引用するが、ストーリー上の展開を理由とした論法は採らないことをあらかじめ明らかにしておく。また他の方々の意見に関しては、それらが発表されたメディアから引用するが、それに対して筆者が検討を加える際は映画の内容のみを資料とし、それ以外のメディアの内容は一切用いないで論評することを明言する。

『神は存在しない』という前提を掲げる

SWはジョージ・ルーカス氏が創造した映画であり、いわば彼自身が神ともいえるわけだが、これから述べる文章はフォースに関するさまざまな事柄を、できるだけ合理的に考えることを目的としている。したがって神の気まぐれは除外したいので、『神、すなわち絶対者、すなわち創造主、は存在しない』ということを、大前提に掲げて論を進めることにする。

神がいない世界では進化を考える必要がある

SW世界では多種多様な生物の存在が確認される。これらの生物は絶対的な創造主が否定されている世界では、当然のごとく進化の過程で出現してきたと考えられる。もし進化を否定してしまうと、SW世界でのこれらの生物相は、はじめからそのままの形状と生態でSW宇宙に誕生したことになってしまう。言い換えると進化を否定する場合は、「神=創造主=絶対者」の存在を認めなければならなくなってしまうことになる。したがって筆者はSW宇宙での進化を肯定する立場で論を進めていくことにする。

SW世界での生物相、とくに動物相は弱肉強食の世界であることは明らかである。これは映画の各シーンで確認できる。とうぜん自分が他者を食べることと、自分自身を他者から守って食べられないように努める、という2点が各生物にとっての最重要課題であろう。そのための知恵と技術を身に付けていくことが、各生物にとって何よりも優先されることは、われわれの世界と同じであろう。したがって進化の法則として、自然淘汰作用が果たす役割がきわめて大きいと考えられる。すなわち生活や生存に必要な能力は発達を遂げ、あまり必要でない能力や機能は、退化・消滅していく可能性が大きいと思われる。

それ以外にも突然変異、定方向進化を示唆する箇所やエイリアンの特徴はあるが、この点はあまり重要ではないので触れておくだけにする。

単細胞生物から進化は始まる

まずエピソード1でクワイ=ガンによるミディ=クロリアンの説明の際に,細胞の存在は明示されている.さらにそのとき,アナキンの「They(筆者注:midi-chlorians のこと) live inside me?」という問いに、 クワイ=ガンは「In your cells, yes.」と答えており、アナキン、すなわち人間が多細胞生物であることは確実であり、映画の中で視認できる生物・エイリアンも人間と同様に多細胞生物と考えて、異論はあるまい。

なお、《SW宇宙でも、単細胞生物から多細胞生物へと進化した》という事項は映画では説明されてはいない。 しかしSW宇宙で進化を肯定するのであれば、必然的に導き出されることがらであり、反対する方はいないと思われる。

さてそれではミディ=クロリアンの進化について考えていくことにしよう。

単細胞生物の中のミディ=クロリアン

ミディ=クロリアンも当初は単細胞生物であり、共生生活を始める前は、他の単細胞生物を食べたり、あるいは他の生物に食べられたりしながら生活していたことだろう。この時代のミディ=クロリアンは他の生物に食べられたら、とうぜん死亡していたと考えられる。

しかし進化のある段階でミディ=クロリアンは他の単細胞生物との共生関係を開始した。そしてその時期は、ミディ=クロリアンがまだ単細胞生物の段階であったと推定される。もしミディ=クロリアンが多細胞生物となってから、まったく別の単細胞生物と共生関係を始めるとしたら、ひとつの細胞内に多細胞生物であるミディ=クロリアンが一つないしは複数個存在するという、アンバランスな共生関係となってしまうからだ。

さて、そのミディ=クロリアンは、ありとあらゆる細胞内に存在するといわれている。つまりSW宇宙ではどこにでも分布しているようだ。したがって構成元素はきわめて単純で普遍的なものであり、その構造やその中に含まれる化合物は、おそらく大変簡単なものと推測される。つまり特殊な元素、特殊な化合物、貴重な物質は含まれてはいない、と考えてよいであろう。

それではミディ=クロリアンと共生関係にある二つの単細胞生物同士が生存をかけて戦う場合はどうなるだろうか。とうぜん勝者と敗者があり、敗者は勝者に食べられてしまう。この場合、敗者の中に含まれていたミディ=クロリアンはどうなるであろうか。考えられる3つの場合を次に列挙する。

  1. 勝者が敗者のからだとともに消化する、つまり敗者のミディ=クロリアンは消化され、消滅してしまう(消化・消滅説)。
  2. 敗者のからだは消化されるが、ミディ=クロリアンは消化されずに、勝者のからだの中で新たな共生関係を始める(新共生説)。
  3. 敗者となりそうな細胞から即座に脱出する(即時脱出説)。

上記の(3)の場合から検討しよう。単細胞生物同士の戦いとはいっても、勝者と敗者の大きさが著しく異なれば、敗者は一気に食べられてしまう。とうぜん敗者のミディ=クロリアンが脱出する時間的余裕はまったくないだろう。身体のサイズが圧倒的に大きな多細胞生物が小さな単細胞生物を食べる場合は、さらに敗者のミディ=クロリアンが逃げる余裕はなくなると思われる。つまり(3)の即時脱出説の可能性は、あまり高くないと考えられる。

次に(2)の場合については検討する。ミディ=クロリアンは新たな共生関係を始めるだろうか。しかし残念ながら、この新共生説も否定的である。もし、この新共生説が正しければ、ジェダイやシスはたくさんの生物を食事として摂って、ミディ=クロリアン値を上昇させることに熱中するだろう。そしてフォースやライトセーバーの訓練よりも、食事の時間のほうを優先することになるだろう。しかし「たくさん食べて、強くなろう」というセリフや、肥満したジェダイが銀河のあちらこちらにゴロゴロ転がっているシーンは、映画の中では見ることはない。ジェダイは禁欲的であり、ダコバでのヨーダの食事は、いなか暮らしの青年の口にすら合わない献立であった。オビ=ワン、アナキンそしてモール卿は普通の体型であり、 shaak(シャアク、ナブーに生息する豚のような生物)のようにまるまるとはしてはいなかった。

この新共生説を否定する別な理由として、ミディ=クロリアンが特殊な元素(とくに分解されにくい金属)や化合物から構成されている可能性が極めて少ない点も挙げられる。つまり勝者の食事の最中に、敗者の中のミディ=クロリアンだけが消化を免れて生きのびるに足る強靭な構造を備えた生命体である可能性は少ない、と思われる。したがって新共生説も却下せざるをえない。

以上の検討より、(1)のミディ=クロリアン消化・消滅説、すなわち敗者のミディ=クロリアンは、敗者のからだ(つまり細胞)とともに、勝者によって消化され消滅する、という単純な考えが、可能性として残る。そしてこの(1)の考えは、単独生活時代のミディ=クロリアンの生と死のありようと同じ考え方であり、論理的にもっとも妥当と思われる。

共生の相手は個体ではなく細胞である

「共生」とはどういうことであろうか。双方が同じ場所で暮らすことで、なんらかのメリットをお互いが共有するということが共生の本質であろう。 共生関係は、お互いが単細胞生物であった時代から始まるので、基本的にはミディ=クロリアンが共生関係の役割をはたすのは、その宿主の細胞自体に対してだと考えられる。そしてこれは宿主が多細胞生物の場合でも、ひとつの細胞とミディ=クロリアンとの間での共生、という基本的関係が持続して保たれるものと思われる。

ミディ=クロリアンの知的能力―宿主が単細胞生物の場合

まず、共生関係を始める前の、独立した単細胞生物時代のミディ=クロリアンの知的能力について考える。その時代のミディ=クロリアンは、餌を認知する能力と餌を探す能力と外敵に対する認識能力は備えていたであろう。さらには周囲の環境が自分自身の生存に適しているかいないか、の判断能力もあっただろうと思われる。しかしこれらの能力は知的活動というより、おそらくは分子・化合物レベルでの弁別能力程度であろうし、上等な表現を使っても、せいぜい「本能」と呼ばれる程度のものだっただろう。

次に他の単細胞生物との共生関係を開始した場合に、 これらの能力はどのように進化していくであろうか。細胞の中で共生しているため、ミディ=クロリアンの周囲は細胞の中身である。当然ミディ=クロリアンにとっての餌(栄養)はその細胞が用意することになる。つまりミディ=クロリアンは、餌を積極的に探し出す必要がない環境にいるわけだ。したがって餌を探し出そうとする能力は発達せずに、消失していくような方向へ進化していったと思われる(マイナス方向への進化=退化)。同様に外敵に対する認知能力も、ミディ=クロリアン自体が保持しつづけると考えるより、共生相手の細胞へ危険判断能力をゆだねるようになり、ミディ=クロリアン自身は判断能力を失っていった可能性が大きいであろう。

つまり他の単細胞生物と共生し始めたミディ=クロリアンは、かつての独立して生活していた時代に有していた知能(何度も繰り返すが、せいぜい弁別能力・本能程度の判断能力)よりも、ある面で劣る能力しか有していないと考える。 ひいき目で見ても、共生を開始する以前の時代と同等程度の知的能力だと思われる。

ミディ=クロリアンの知的能力―宿主が多細胞生物の場合

次に宿主が多細胞生物の場合における、ミディ=クロリアンの知的レベルについて検討していく。ミディ=クロリアンの知的能力に進歩がみられるような特別な外的要因があるだろうか。しかし我々の世界と同じような進化の過程をたどるなら、そのような外的要因は考えにくい。たとえばからだの奥深い部分の内臓の細胞について考えてみよう。その細胞内のミディ=クロリアンは、単細胞時代と同様にまず宿主の細胞で守られ、さらに多細胞生物の個体としての外殻 (人類なら皮膚、ローディアンならウロコ)というように二重に防護されることになる。このような環境の下ではミディ=クロリアンに外敵感知能力が発達するのは無理であろう。個体においては、眼、耳、鼻などが外敵感知システムとして機能し、それ以外の細胞や、その細胞内に共生しているミディ=クロリアンではそのような感知システムは退化・消失する運命にある、と考えるのが妥当と思われる。一般に種は、生存に、より有利な方向へ進化した場合にのみ長期にわたって存続する。そのために生存に必要な餌と敵の早期発見が進化の原動力として果たす役割は大きい。そして知力(感知能力や判断能力)や闘争や逃走のための運動能力を発達させる。しかし細胞内のミディ=クロリアンは、すでに満ち足りた環境にあるため、それらを発展させるモチベーションは著しく小さいと思われる。これでは豊かな知性は発達しないと考えたほうが妥当である。

以上の検討より、宿主が多細胞生物となっても、一個一個のミディ=クロリアンにはたいした判断能力は育たない、と考えられる。おそらくミディ=クロリアンには、その周囲の細胞本体から充分な餌(栄養)をもらえるか、もらえないか、程度の判断能力、すなわち、せいぜい快適、不快、生命の危機、に関する単純な弁別能力程度しかないであろう。

フォースの概念を導入した場合のミディ=クロリアンの知的能力

上記の検討はミディ=クロリアンについての話にもかかわらず、フォースの場の影響や作用については考慮していない。そのためこれからその点を盛り込んでさらに検討していく。さてミディ=クロリアンにおいて、「フォースの場」を用いての外敵探知能力と知性レベルの向上が期待できるであろうか。

そこで、体の中にある細胞の中のミディ=クロリアンが、全体としてネットワークを組み、そこに物事の是非を判断する知的能力を進化の過程で備えるようになった、という仮定をしてみる。

すなわち分散知性(脳に限局しない知性、という意味)の存在を想像してみる。その場合に必要なものは、各ミディ=クロリアン間を結ぶ連絡・通信、および統合判断にかかわるシステムの存在である。そのシステムにはコンピュータと同様に、情報を極めて高速に伝達・処理する機能が必須であり、ちょうどうまい具合に、空間を越えて(細胞膜を越えて)作用するフォースの場という概念がある。もちろん宿主である多細胞生物自体に備わっている連絡や判断システム(脳や神経、視覚、聴覚など)を利用するやり方もあるが、より複雑な経路が必要となり、フォースによる直接的連絡とくらべ効率的に劣ってしまう。こちらの経路を利用した分散知性も否定はできないが、瞬時の判断には不向きと思われ、検討対象から除外する。

それでは各細胞間の連絡システムを、フォースの場が担っていると考えてみよう。フォースは離れた空間に作用を及ぼすことができる力である点を考慮すると、次の二つの可能性がある。すなわち、

  1. 分散知性が充分に進化を遂げていれば、それはひとつの個体に限定した知能ではなく、別の個体のミディ=クロリアンとの間でもフォースを介するネットワークを組んで、より発達した頭脳となっていく可能性がある。これを分散知性・複数個体間説と仮称する.
  2. 知性ネットワークに関してだけは、個人に属するミディ=クロリアンだけでネットワークを組むため、分散知性も個人のレベルを越えることはない。これを分散知性・単一個体説と仮称する。

以上の二つの説である。次から各々について検討していく。

分散知性・複数個体間説

まず分散知性・複数個体間説から吟味していこう。このような複数個体間のフォース・ネットワーク的頭脳の存在を肯定すると、人々が多く集まっている大都会では大勢の人間を巻き込み、個体としての人間のレベルをはるかに超える知的存在、すなわち超巨大頭脳となりはしないだろうか。しかしそのようなことを示唆するような映像シーンを直接見ることない。SW銀河の人間たちは各自が自らの思惑で行動しており、それはジェダイにおいても同様である.複数のジェダイの間で、フォースを通じて統一体(同期現象みたいなもの)を出現させたことは、少なくとも映画の中では描かれていない。それどころか、ときにはジェダイの間ですら意見の対立が存在することが映画の中では描かれている。どうもこの説が正しい可能性は低いと言わざるをえない。

分散知性・複数個体間説の拡張〜神的知性体

この説を発展させていくと、分散知性体が極めて巨大化し、惑星レベル、ないしは銀河レベルにまで発達し、神のごとき存在になってしまった、という可能性に到達する(これを神的知性体と仮称する)。この考えはいわゆるフォースの意志、という考えに発展しそうな感じがあり、魅力的である。しかし惑星ダコバの、あのダークサイドの思念が色濃く漂う洞窟の存在が問題となる。神的知性体の内部に、異端者的ダークサイドの空間が存在しつづけているのである。いつまで放置しているのだろうか。とうぜんフォースの力で修復・浄化を図るべきだろうが、そのような形跡はない。したがって神的知性体の存在には疑問を抱かざるをえない。もちろん完全に否定するほどの根拠ではない。しかし少なくとも、この神的知性体は怠け者であり地道に仕事をするタイプではないようだ。

もうひとつの根拠として、コルサントでヨーダは、「ダークサイドがすべてを覆い隠している」と述懐していることが挙げられる。ヨーダとシディアスの力が拮抗していると考えれば、ヨーダが未来を予見できないことは納得ができる。しかしコルサントには数多くのジェダイがいるうえ、さらに神的知性体の存在までを前提として認めると、シディアスには、これらの総合力に匹敵する能力が必要とされる。つまりシディアスは神をも超える能力者、ということになる。だがシディアス(=パルパティーン)はみずからの運命すら予見できずにエピソード6で倒されている。この点からすればシディアスには神に比肩しうる能力はなかったといわざるをえない。したがって神的存在を前提としたことに誤りがあったことになり、フォースの場の考えを導入しても、 神的知性体の存在は否定的と思われる。

フォースによる神のごとき分散知性体は、ダコバの洞窟のような局地的な事象や、シディアスのような個人レベルの問題には関与しないのだ、という反論は当然予想される。知性体の規模があまりにも巨大すぎて、その知性体にとっては小さすぎることがらには関心がない、という思想である。では神的知性体が存在すると仮定して、ターキンによる惑星オルデランの爆破のことを考えてみよう。この事件はハイパースペース内のオビ=ワンにフォースの大きな乱れを感じさせた。しかし神的知性体は一つの惑星の命運や、そこで生活していたすべての生物の絶滅にも全く関与せず、成り行きまかせに滅亡させてしまったことになる。つまりここで仮定している知性体は、人間個人のレベルはおろか、星系規模のできごとにも関与しない、気高すぎる存在、ということになる。

つまりそのような知性体は、SW世界の人々の運命や生活には結局なんの影響も及ぼすことはないであろう。したがってそのような存在を肯定しようが、あるいは否定しようが、今後の検討過程には、なんの差し障りもないことになる。たとえていうなら、このような超巨大化した神的知性体は我々にとって銀河系のようなものと言える。我々の地球は銀河系の中にある太陽系の中の惑星である。しかし我々自身は、銀河系の存在を意識して生活しているわけではないし、銀河系の存在が我々の生活に直接影響を与えているわけでもない。たとえSW世界に超巨大化した神的知性体が存在したとしても、その存在を無視したまま、それ以外のフォースの現象や特徴について考察を続けることが充分に可能なのである。

分散知性・単一個体説

つぎに、分散知性・単一個体説について検討する。細胞には少なくとも一個以上のミディ=クロリアンが存在することがクワイ=ガンの話で判明している。人間に当てはめて考えれば、身体の細胞すべてに一個以上のミディ=クロリアンが存在するわけであり(アナキンのミディ=クロリアン値は2万以上)、その総数はとうぜん人間の脳の細胞数よりもはるかに多いことになる。これらがフォースで効率の良いネットワークを構築していたら、複数個体間にまたがる知性ではなくとも、大変すばらしい知能を有することになると思われる。だが一般人のミディ=クロリアンが、いくら優れた知能を有していたとしても、宿主である一般人にその思考内容を伝える方法はない。ミディ=クロリアンが危険を予想したとしても、一般人が危険を回避できたり、行動を規制する様子はない。ハン・ソロはエンドアの森で小枝を踏んでしまうし、ドラッグ中毒の若者はオビ=ワンにフォースで誘導されなければ、人生は考え直さなかったであろう。一般人の中のミディ=クロリアンは、 たとえていえば無免許の子供が運転する車に、手足を縛られて猿グツワをされたF1ドライバーが同乗しているようなものである。どんなに子供が危ない運転をしても手も足も出ない、という状況である。もちろん子供(一般人)が事故を起こせば、F1ドライバー(ミディ=クロリアン)も巻き添えを食うことになる。通常、危険を回避しうる能力を有している知性体が、危険回避能力がきわめて乏しい知性体を宿主にして、共生関係を維持しつづけることは考えにくい。 種族保存のためには進化のいずれかの段階で、ミディ=クロリアンは共生関係を解消し、単独生活に戻っていく道を選択すると考えるほうが妥当であろう。

では宿主が一般人ではなくジェダイだったらどうであろうか。分散知性体とジェダイとの間で、思考面での豊かな交流があるだろうか。これには簡単に答えがでる。交流はないのである。ジェダイはダークサイドへ落ちる危険と常に隣り合わせであり、ジェダイがダークサイドに傾きつつあるとき(アナキンのタスケン虐殺時、第2デス・スターでのヴェイダーとの対決時のルーク)でも、分散知性体が引止めることはないのである。フォースで結びついた知性体が、やはりフォースの練達の士であるジェダイとすら交流がないというのは大変不合理であり、前提とした説、すなわち分散知性・単一個体説の誤りを指し示すものである。

それに、個人限定のフォースの場というのは、フォースの基本的な設定と思われる空間を越えて遠くの物体や他人の脳に作用する、という点と照らしてみても、かなり無理な話であろう。以上の検討より、分散知性・単一個体説も否定しうると思われる。

ミディ=クロリアンの知性に関する事項のまとめ

知性に関する記述が大変長くなったので、いままでの検討結果をまとめておきたい。ミディ=クロリアンは単独生活の時代は、その知性として餌を探し認知する能力と外敵を回避する程度の能力は最低限有していた。しかし細胞と共生生活を始めるにつれ、知性の内容はむしろ退化する方向に変化していったと思われる。そしてミディ=クロリアンが介在するフォースの場を考慮に入れた検討でも同様の結論に達した。すなわち、ミディ=クロリアンにはきわめて単純な知性(せいぜい本能程度)しか存在しない。高等生物のように善悪や物事の理非を判断する能力はなく、もちろん倫理観もなく、ただ細胞内にあって、その細胞が上手に生存しつづけられるように協力して生活していく、しかしそれ自体にはたいした思考能力を有しない共生生命体である、と考えられる。

フォースはSW宇宙での量子力学で語られるものではないか。

そろそろフォース自体について述べていこう。 映画の中で表現されたフォースの性質はさまざまで、それらの物理的特性を個別に検討しても、そこからフォースの本質に迫ることはできないだろう。なぜならフォースの場には光速度の限界が存在していないことがはっきりと映画の中で示されているからだ。つまりSW宇宙では、我々の宇宙での物理法則が適用できるとは限らないのである。したがってフォースの正体を完全に明らかにすることは困難であるが、ささやかなアプローチは試みてみたい。

さてフォースのエネルギー場は未来の事象と関係があり、ハイパースペースにもその影響が及んでいる。察するところ、フォースは時空間に密接に関連しているらしく、SW宇宙の成り立ちの根幹にかかわるものであるようだ。

フォースは物質間に作用して、ジェダイたちの身体を貫いて存在しているエネルギー場と説明されている。身体を貫いても大丈夫であるところをみると、フォースの実体は分子レベルよりも小さくて、われわれの世界でのニュートリノのように量子論で語られるようなエネルギーなのだろうと推測する。もちろん、われわれの世界の量子と同等の大きさとは限らないし、われわれの世界の量子力学が通用する保証はない。

これらの想像に映画の中でのジェダイたちの会話の内容などを加味して、さらに想像を飛躍させてみると、次のようになる。

フォースとはSW宇宙の、あらゆる生命が生み出す量子論的エネルギーの場である。あらゆる生命が生み出すのであるから、簡単な構造の単細胞生物もフォースの生産者と考えられる。したがってフォース自体は単純な生産物であり、単純な性質しか有していないと想像する。おそらくフォースは単なる数量的エネルギーで、マイナスの符号がつくことすらないのではないか、と考える。 どういうことかというと、映画の中では物質間にフォースが作用する場合に引力と斥力(反発力)の両者が描写されているが、フォース自体に両方の力が存在するわけではなく、ジェダイの意思を通じて、見かけ上、正反対の作用が表現されたのだと考える。つまり映画の中でのフォースのさまざまな作用はジェダイの意思が働いてフォース本来のエネルギー場を変換させて利用した結果である、と筆者は考えている.

つまりフォースとは数値で記すことができるエネルギーの場、であることが基本と筆者は考えている。しかしこのフォースがジェダイたちの思考によって、容易に操作できることや、ダコバの《あの洞窟》がダークサイドの思念によって満たされ続けていることを考慮すると、フォースのエネルギー場はジェダイたちやダークサイドの思念との親和性が非常に高いと思われる。ジェダイとダークサイドとは表裏の関係にあり、つまるところフォースのエネルギー場は生き物の思考への親和性が高い、と考えてよいと思われる。

フォースの意思

では、フォースの意思とは、どのような内容を指すのかについて考えていく。それではダコバを例にとって考えてみよう。着目すべき点は、ダコバは弱肉強食の生態系を有していることである。当然捕食者が獲物を見つけたとき、狩りに成功したとき、そして実際に食べている最中の歓喜に満ちた感情も多いだろう。しかし逆に、追い詰められて食べられる寸前の恐怖と絶望を覚える被捕食者の感情も、たくさんあると考えられる。食物連鎖を考えれば、捕食者よりも被捕食者のほうが圧倒的に個体数は多いはずである。したがってダコバで湧き上がる感情としては、恐怖と絶望のほうが多いのではないだろうか。

現在の地球でもネズミのような小さな動物は穴に隠れ、餌を探すときでもビクビクしながら行っている。このときネズミは捕食者の影におびえ、不安をいだきながらも生存のために必死に生活しているわけだ。そして子孫を残していく。われわれの地球に棲む鳥類や哺乳類の中には、子供が幼いうちは養育を行い、その際に捕食者による危険が子供に迫るようなことがあれば、親が自己犠牲を覚悟して戦いを挑む習性を有する種類が知られている。ダコバにおける小動物の中にもおそらく似たような習性を有する種類が存在しているのではないだろうか。

端的にいえばダコバに湧き上がる感情は、不安と恐怖と絶望のほうが多いが、ときに歓喜に満ちた感情もみられ、 ひとときの安らぎが (長い間は油断できない)ある惑星なのである。それにもかかわらずダコバでは、《あの洞窟》以外の場所ではダークサイドの思念が渦巻いているわけではない。ダコバはあくまでも普通の惑星として描かれている。これらのことから、ダコバに漂うフォースの場の雰囲気は、生存活動に必要な最小限度の殺生は行うけれど、 個々の生物が精一杯、一生懸命に生きて、自己保存と種族保存を基本とした生態系を共同で維持した結果から生じているものと要約できそうである。そしてこのような各種生物たちが寄り集まって一つの生態系を維持しようとする行為の蓄積こそが、フォースをはぐくんでいるのである。

前節でフォースは計量可能な単なるエネルギーの場であるが、その一方、生物の思考に対する親和性が高い、と述べた。 これらの点と、前に述べたミディ=クロリアンには高等な知性は育たないためフォースの意思にはミディ=クロリアン自体の意思は反映されない点とを考慮して、筆者はフォースの意思を次のように考える。すなわち、

《フォースの意思:生態系には自己保存と種族保存(自分の子供の保護)を企図するあらゆる生命の必死で真摯に生きようとする意思が満ちている。この意思の総体が、フォースの場に投影されたものである》

と考えた。キーワードを言い換えれば生態系の中での生存・防衛そして守護である.つまり筆者は、フォースは本来、 無色透明のエネルギー場ではあるが、あらゆる生命の営みがそれにほのかな彩りを添え、その彩りをジェダイはフォースの意思として感じるのではないかと想像する。

フォースを感知するときのミディ=クロリアンの役割

はじめにフォースの量子論的エネルギーは、生のままで何も加工されない状態では、ジェダイの脳細胞には理解できない点を指摘する。もし理解できるのならミディ=クロリアンの存在がなくとも、ジェダイはフォースを知覚できることになり、映画の内容と矛盾してしまうからである。したがってミディ=クロリアンはフォースをジェダイの脳が理解できる状態に、翻訳・編集・加工する機能を有しているのだと推測できる。 つまりミディ=クロリアンは量子論的な超ミクロ的尺度のエネルギーを、通常の尺度の住人であるジェダイに気づかせる作用をもつ機能ユニットである、と説明することが可能である。

ミディ=クロリアンのもうひとつの作用についての筆者の考えを述べる。エピソード I のアナキンのように、ミディ=クロリアン値は高いけれどジェダイの訓練を受けていない人物では、制御できていないフォースがその人物から放射され、周囲にジェダイがいればそのフォースの強さに気づくようである。このときアナキンはフォースを集めようとは思ってはいない点に注目したい。つまりこの事象に関して、アナキンの能動的意思は関与していないのである。したがって、ミディ=クロリアンはただ存在しているだけでフォースを集めることができるらしい、と推測することが可能である(ただ、多少の潜在意識はフォースを集める際に必要かもしれない).

以上よりミディ=クロリアンはフォースを集め、さらにジェダイにわかるように翻訳する、という性質があると思われる。ここでミディ=クロリアンにはたいした知性はない、という既述事項を考慮すると、フォースに関連するこれらの性質に、ミディ=クロリアン自身の能動的意思は関与していないと考えてよい。したがってこれらの機能は、基本的にはミディ=クロリアンの構造自体(分子構造あるいは素粒子構造)に内在している特性によってもたらされるものと思わる。もちろん、ミディ=クロリアンが正常な生命活動を継続しているという状況も、これらの機能発現には必須な条件と考えられる。

フォースを行使するときのミディ=クロリアンの役割

一方、ジェダイがフォースを行使する場合について、映画の中ではジェダイたちは何の説明もしていない。ミディ=クロリアンは何らかの働きをするのだろうか。それとも何の働きも演じないのだろうか。次はこの出力側について検討する。

一般に、生物は自分が感知できないものを利用する能力を、進化の中で発達させるであろうか。通常の進化の過程ではそのような無駄な形質が出現し、その後の世代に遺伝され続けていくとは考えられない。突然変異でそのような能力を持つ個体が出現する可能性は否定できない。しかしそのような変異は、生存活動には何も寄与することがないので、世代を繰り返すうちに消え去っていくだろうと思われる。

ではジェダイとフォースとの関連ではどうだろうか。ジェダイはミディ=クロリアンなしではフォースを知ることはできない事実がまず存在している。それではジェダイにおいて、フォースを直接操る遺伝形質が突然変異で生じて受け継がれたと仮定できるだろうか。答えは言うまでもない。ジェダイは単一の種族のみで構成されているのではない。自らは感知できないフォースを、利用することだけは可能な遺伝形質が、SW銀河の多種族において突然変異で生じる確率はほとんどゼロに近いと思われる。

したがってジェダイがフォースを直接利用できると考えるよりは、ミディ=クロリアンを介する間接的利用のほうが、可能性としては高い、と考える。つまり筆者は、ジェダイがフォースを用いるときにも、ジェダイが考えた内容はミディ=クロリアンを介してフォースの場へと作用し、ジェダイの思惑どおりにフォースのエネルギー場が変化するのだ、と考える。 なお、くどいようだが以下の点を強調する。前節に述べた理由と同様に、この仲介過程にもミディ=クロリアンの意思の積極的関与はなく、構造体の存在と正常なミディ=クロリアンの生命活動があれば、自動的に行われるものと考えられる。

なお、「フォースの意思」に関しての補足になるが、生態系を構成する生命体の意思や想念は、生命体自身のミディ=クロリアンを経由してフォースの場へと反映されるのだろうと考えたい。

ダークサイドについて

ダークサイドの感情、は一時的により強いフォースを導き出すといわれる。しかしミディ=クロリアンには倫理的な善悪の判断能力はない、と述べてきた。それではダークサイドの感情は、どのようなメカニズムで強いフォースの発現に関連するのだろうか。そしてなぜいったんダークサイドにはまり込むと抜け出しにくくなるのであろうか。また、ジェダイが抱いた感情が、ライトサイドかダークサイドかの、どちらに属するかを判定し審判をくだすのはいったい誰なのであろうか。ジェダイ自身なのか、他者なのか、それともミディ=クロリアンなのだろうか。これらの点について、これから検討していこう。

ダークサイド突入メカニズムに必要な性質

ジェダイは冷静さを重んずる。しかし冷静さからの逸脱度合い、すなわち感情の昂ぶりの多寡がダークサイドへの入り口と単純に考えてよいわけではない。豊かな人間性の発露である感動したり、笑ったり、喜んだり、悲しんだりする感情は、ダークサイドへ結びついてはいない。したがって、あらゆる感情の昂ぶりが限度を越えると自動的にダークサイドへ転落していくわけではなく、もう少し複雑なメカニズムを考える必要がある。

言うまでもないが、不安、怒り、憎悪などの感情がある一定限度を越えることこそがダークサイドへの転落のきっかけとなるはずだ。だが怒りに我を忘れているジェダイが、「これからダーク化するぞ!」と判断を下すだろうか。もちろん違う。ミディ=クロリアンが、「こいつはもうダーク・ジェダイだ!」とダーク化宣告をするわけでもない。だいたいミディ=クロリアンにはそれほどの知性は存在していない(既述事項)。

そうするとダーク化に結びつく感情が、限度を越えるか否かを判定するメカニズムが、ジェダイの内部に存在していることになる。そしてそのメカニズムはジェダイの感情を判定する能力を備えていることになる。さらに当然ながらそのメカニズムは、冷静さを欠いたジェダイの意識には上らず、無意識の世界で発動する自動的機構でなければならないはずだ。

メカニズムに関する仮説

そこで想定される自動的機構に関して、次のような仮説をたてた。

  1. 脳の感情面に関して:ダークサイドの感情だけにかかわる脳の特別な部分がある。ジェダイがダークサイドの感情を抱き、その部分がある一定以上の活動をする。つまりその部分の脳の細胞に多大な仕事量、すなわち精神的負荷が加わる。そして蓄積された負荷があるレベルを越えてしまうと、ダークサイドへの転落が始まる。
  2. 脳の理性的な面に関して:ジェダイがダークサイドの感情をいだく。その感情の程度が軽いうちは、理性的な善悪判断能力は残っている。ジェダイはマズイと感じて、なんらかのストレス(自己嫌悪)を自覚する。そのストレスは、上記(1)の部分に対して更なるストレスを与える。

もちろん決定的なものは(1)の感情面に関することがらであり、(2)はそれに対する修飾要因であろう。 精神的負荷が多ければ多いほど、また負荷にさらされる期間が長ければ長いほど、ジェダイの脳への影響はさらに強く、さらに大きくなる事が容易に予想される。そして負荷にさらされすぎたジェダイの脳は、 ついにある時点で変調をきたすのではないだろうか。この変調こそが、ダークサイドへの転落にほかならないと推測する。

そして脳に変調が生じた際には、次に列挙する事項が、ほぼ同時に起こると思われる。

  1. 善悪の判断能力の低下。
  2. 肉親や友人に対する愛情の鈍化。
  3. シスの教義に対する抵抗感の消失(上記2項の結果と思われる)。
  4. フォースをあやつる能力の増大。

これらについては、おそらく異論はあるまい。すべてが脳にかかわる事項であることが注目される。 なお、エピソード VI でアナキンが比較的短時間でライトサイドへ戻ることができたことを考慮すると、(1)〜(3)に関しては、それらにかかわる脳の部分が完全に破壊されるのではなく、一種の休眠状態に陥るだけであると推測される。

メカニズムに関する仮説を、堤防と洪水にたとえる

これを増水した河川と、その堤防との関係にたとえて説明する。気圧変化で雨が降り、河川は増水する。雨の量は梅雨時のように少しずつ長期間でもよいし、台風のように短期間に大量でもよい。はじめのうちは増水に堤防は耐えている。しかし、ある一定の水位を超えると、ときどき大きな波の上端が堤防を乗り越えるようになる。しかし堤防の構造が維持されていれば決壊には至らない。したがって土嚢などの応急処置で、まだ洪水は抑えることができる。しかし水位がさらに上昇すると、ついに堤防の弱い箇所で決壊が始まる。増水していた河川の水は、その決壊箇所からものすごい勢いで流れ下り、決壊部分をさらに拡大していく。そして小さな規模で始まった洪水は、一気にその規模を大きくしていき、最終的には大洪水になってしまう。これが洪水発生のメカニズムである。

ここでの気圧変化と雨が、ダークサイドの感情と精神的負荷に相当する。河川の増水は精神的負荷の蓄積にあたる。堤防は、ジェダイの冷静さにたとえられる。ときおり堤防を越える波はダークサイドへの一時的な誘惑であり、そして決壊がジェダイの脳が変調をきたした時点である。洪水はもちろん、ダークサイドへの完全な転落である。

ダーク化した人物にとって、 怒りはさらなる怒りを生み出すことになり、ますます自制できなくなってしまう。たとえ話で言えば、雨が降りつづけた場合には水位は上昇するいっぽうなので、決壊した堤防を従来の方法や労働力で修理するのは不可能に近い。したがって、いったんダークサイドに転落するとジェダイ一個人の努力だけでライトサイドへ帰還できる可能性がほとんどないことが容易に想像できる。

アナキンの父親問題

最後にアナキンの父親について検討する。アナキンのミディ=クロリアン値が、きわめて高い理由として、まず突然変異が考えられる。たまたまミディ=クロリアン値がきわめて高いアナキンが突然変異で誕生してしまったのだ、という可能性である。そのきまぐれな偶然を、ジェダイたちは「ミディ=クロリアンの意思である」と表現したのだ、という考えである。もちろん、この可能性は否定できないが、ここではそれ以外の可能性について検討する。

筆者は、フォースの意思とは漠然としたものだ、と述べた。繰り返しになるが、ひとつに統一された人格のようなものはなく、能動的意思や積極的意思を保持しないエネルギーの場だと考えているのである。そのためアナキンがフォースの意思、ミディ=クロリアンの意思で誕生した、ということは比喩的な表現でない限り、ありえない話だと考える。 したがって映画の中では明示されてはいないが、なんらかの人為が働いてシミは妊娠しアナキンを出産したと考えざるをえない。つまり処女懐妊説とミディ=クロリアン父親説を筆者は容認できない。

そのため可能性は二つに大別される。ひとつはシミがアナキンの父親について知っているが詳細に語りたくない場合で、もうひとつはシミの記憶が欠落している場合である。どちらの場合でも父親はミディ=クロリアン値がきわめて高い人物と考えられる。つまりジェダイかシスか、ということになる。そしてジェダイの一員であればオーダーの規範を遵守するだろうから、可能性のある者は、はぐれジェダイ(独立心旺盛なドゥークー)かシス、となる。

アナキン誕生の際にシスであった人間は、シディアス(あるいはシディアスの師の可能性も否定できない)である。モールは種族が違うのでアナキンの父親候補としては失格である。ドゥークーがシスとなったのは、モールが死亡してからと考えられ、それまではジェダイ規範に批判的な言動があったとしても、シミを妊娠させた後、奴隷の境遇に突き落とすという非人道的な行動はしそうもない人物だったと思われる。したがって、非人道的行為を平気で実行できて、かつミディ=クロリアン値がきわめて高い人物がアナキンの父親候補の筆頭者となる。もちろんその人物はシディアスである。

まとめ

ミディ=クロリアンがフォースの説明に導入された時代にあたり、映画の内容のみを基にして、筆者なりにミディ=クロリアンの進化の過程から考え始め、ミディ=クロリアンには、たいした知性は育たないだろう、という考えにたどり着いた。そしてその立場から論を進め、フォースの意思についての私論を展開した。SW宇宙での物理上の制約があり、フォースの正体は量子エネルギーだろうという想像にとどまったが、ミディ=クロリアンの仲介役としての役割について考察し、また、フォースにかかわる問題点について論じた。

もとより神、すなわち創造主は存在しないという前提そのものに反対する方もいると思われる。ただ、空想は空想として楽しむけれど、細かな設定はできるだけ理論的かつ合理的であることを筆者は好むため、フォースにまつわるさまざまな事象について、検討した結果を発表した。いろいろなご指摘やご批判があると思われる。しかし、ひとまずこの長い文章に区切りをつけることに、お許しをいただきたい。

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